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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)472号 判決 1963年10月15日

控訴人 甲野太郎(仮名)

被控訴人 甲野花子(仮名)

右訴訟代理人弁護士 梅林明

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

公文書であるから真正に成立したものと推定すべき甲第一号証(戸籍謄本)によると、被控訴人は昭和二五年三月二四日控訴人と婚姻をなし、昭和二六年一月一六日長男幸一が、昭和二八年八月六日長女美恵子が各出生したことが認められる。

≪証拠省略≫を綜合すると、次ぎの事実が認められる。

(一)  被控訴人は昭和二年九月二八日生、控訴人は大正五年一月九日生であり、訴外西山某の媒介により見合結婚をした。

(二)  被控訴人と控訴人とは、ともに我侭で負けず嫌いな性格であるところ、婚姻後控訴人の営業が意の如くならず、経済的に苦しい生活が続いた上、控訴人はややもすれば、被控訴人に対し、里に帰れと放言するため、夫婦間にいさかいが起るようになり、長男幸一出生直後にも、些細なことから、いさかいを生じ、控訴人が被控訴人に対し、実家に帰れと云つたため、被控訴人は、幸一を連れ実家に帰つたことがあつた。ところが控訴人はその後思い返し、被控訴人を控訴人方に復帰せしめるため、控訴人方に帰らなければ荷物を送り返すとか、子供を返せとか云つて高飛車な態度をとつたり、真実離婚するまでの意思もないのに離縁状を作成し、これが被控訴人の実家に届いたりしたため、被控訴人は控訴人と離婚したいとの意向を抱くようになつた。

(三)  そこでその頃被控訴人は控訴人を相手方として京都家庭裁判所に離婚の調停を申立て、控訴人からも同居の調停の申立があり控訴人申立の調停で、控訴人は過去の態度を反省し、更生する旨被控訴人に誓約したので、被控訴人は離婚の調停を取下げ、控訴人方に復帰し、婚姻生活を継続することとなつた。

(四)  その後昭和三一年夏頃被控訴人は控訴人方住込店員神崎実と共に控訴人方を無断立出で宇治市社町の山口勇方に一夜を過したが、翌日山口の通告によつて、控訴人が被控訴人を連れ戻した。

(五)  昭和三三年六月初旬、控訴人は、昭和三二年九月から昭和三三年四月頃まで控訴人方店員であつた西脇洋二と被控訴人との仲を疑い、被控訴人を詰問、叱責したところ、被控訴人がこれを否定し、反抗的な態度をとつたため、控訴人は神崎との事件もあつた事とて、激昂して二度に亘つて被控訴人を殴打し、加療二週間を要する眼の周囲に皮下出血、眼球膜下に出血を伴う顔面挫傷を与え、ために被控訴人は単身実家に帰つたが、控訴人が直ちに被控訴人の実家に赴き、今後暴力を振うような事はしないと詑びたので、数日後被控訴人は控訴人方に復帰した。

(六)  同年一一月初旬、控訴人は実兄の結婚問題に関し、母親及び長兄と意見衝突し、腹立ちまぎれに飲酒酩酊して午後一一時頃帰宅したが、偶被控訴人が控訴人方向いの路上で隣人と立話をしていたので、家に帰れと注意したところ、被控訴人が文句を云つたりしたため、逆上して出て行け、この家にはいるなと云い、表戸を釘付けにし、衣類、仏壇や商品である野菜類を庭や座敷内に投げ散らかし、被控訴人は已むなく向側の長谷川方に避難して一夜を明かしたが、控訴人は表戸を釘付にした侭翌日昼過ぎまで寝ていたため、被控訴人は再び単身で実家に帰つた。

(七)  右事件の直後においては、被控訴人は未だ離婚を決意するに至つていなかつたが、控訴人が被控訴人を呼び返すため、被控訴人の実家に電話をかけた際、再三乱暴な言葉を用いたため、被控訴人は控訴人方に復帰する意思を喪い、控訴人と離婚することを決意するに至り、その後第三者が仲に立ち被控訴人の復帰を交渉することもあつたが、被控訴人はこれに応ぜず、同年中に控訴人を相手取り再び京都家庭裁判所に離婚調停を申立てたが、控訴人は婚姻の継続を希望したため、右調停は昭和三四年二月一八日不調となり、次いで被控訴人は同年五月四日控訴人との離婚を求める本訴を提起し、両者融和しない儘今日に至つた。

(八)  控訴人は実兄所有名義の家屋で現在八百屋を営み、多少の家賃収入もあつて、経済的に豊かと云えないまでも、生活に困窮しているとも云えない状態であつて、長男及び長女は控訴人において養育中である。

≪中略≫

控訴人は、被控訴人は昭和三三年四月頃より、控訴人方店員西脇洋二と情を通じ、その不行跡が目に余るようになつていたところ、同年六月五日、控訴人において右不貞の現場を現認したので被控訴人に対し、これを詰問したところ、被控訴人は西脇との関係を否認し、却つて反抗的態度をとつたため、夫婦喧嘩となつたのであつて、このような場合、控訴人が被控訴人に対し、多少の暴行をなすことは、夫として当然の処置であると主張するけれども、被控訴人と西脇洋二との間に不貞の事実があつたとの点に関する≪証拠省略≫直ちに採用し難く、他にこれを確認すべき証拠がない。従つて被控訴人の態度に多少誤解を招くような点があつたとしても、被控訴人を殴打し、治療二週間を要するが如き傷害を与えることは、夫として当然の処置であるということはできない。控訴人は右暴行の結果、被控訴人の右の目の上が少し青ずんだに過ぎないと主張するけれども、この点に関する当審での控訴人本人尋問の結果は、原審証人新谷利吉の証言に照らし採用することができない。

控訴人は、被控訴人は、その本心においては、控訴人方に復帰する意思があるのであるが、実家の親兄弟の干渉及び体面上本訴を維持しているのであると主張するけれども、この点に関する当審での控訴人本人尋問の結果は、原、当審での被控訴人本人尋問の結果に照らし採用し難く、他にこれを認むべき確証がない。

以上認定の事実を綜合すると、被控訴人と控訴人との婚姻は、控訴人の度重なる短気、粗暴な言動の結果破綻を来し、将来円満な婚姻を期待することは到底できなくなつたものということができる。

控訴人は離婚請求者に不貞行為がある場合には離婚の請求は許されないと主張し、被控訴人に不貞の事実ありと推定すべきことは前記に認定したとおりである。しかしながら婚姻の破綻について主たる責任を有する配偶者は離婚を請求することが許されないけれども、主たる責任がない以上、たとえその配偶者に曽つて不貞の事実があつたとしても、離婚の請求を妨げないものと解すべきである。本件についてみると、被控訴人の不貞行為は昭和三一年夏頃のことであり、控訴人は当時これを不問に附し、婚姻を継続したことは前記認定のとおりであり、また控訴人の短気粗暴な言動は被控訴人の不貞と関係がない((五)の事実は被控訴人の不貞が遠因をなしているとしても、控訴人の誤解が直接の原因である)ことから考えると、本件当事者間の婚姻の破綻について、被控訴人が主たる責任を有するものとは考えられないから、被控訴人は控訴人との婚姻の破綻を理由として離婚を請求し得るものである。

控訴人は、被控訴人が本訴で主張する事実は、いずれもささいな夫婦喧嘩に過ぎないのであるから、これが婚姻を継続し難い重大な事由とは、いい得ないことが明らかであるばかりか、もともと本件当事者間に紛争が生ずるに至つたのは被控訴人の不貞が原因となつているのであるから、被控訴人に離婚請求権がないと主張するけれども、前記認定の控訴人の短気粗暴なる言動は、必ずしもささいな夫婦喧嘩に過ぎないものとは云い得ないものがありこれによつて被控訴人が控訴人との婚姻生活を継続する意思を確定的に喪い、客観的にみて、将来被控訴人と控訴人とが円満なる婚姻生活を営むことが到底期待することができなくなつた場合には、民法第七七〇条第一項第五号にいわゆる婚姻を継続し難い重大な事由があるときというを妨げない。また控訴人の前記言動が被控訴人の不貞を原因((五)については直接の原因)とするものでないと認むべきことは前に説示したとおりである。

更に控訴人は離婚原因の有無の当事者の一方の意思のみによつて決すべきではないと主張するけれども、当裁判所が被控訴人の意思のみによつて離婚原因の有無を判断しているのでないことは前記認定のとおりである。

そして前記認定の、控訴人が現在豊かと云えないまでも、生活に困窮しているとも云えず、長男、長女を養育している事実と、控訴人の当審尋問の際における、子供は自分が大きくして大学までやるとの供述を綜合すると、長男幸一、長女美恵子の親権者は控訴人とするのが適当であると認められるので、その親権者を控訴人と定める。

控訴人は男手一つで二児を養育する経済的余裕はないと主張するけれども、前記認定を覆えし控訴人主張事実を認むべき証拠がない。

すると被控訴人の請求を認容した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきものとし、民事訴訟法第九五条、第八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 岩口守夫 判事 藤原啓一郎 岡部重信)

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